過去15年にわたり、日本のデジタルマーケティングは着実に進化を遂げてきました。その原動力となっているのは、常に限界を押し広げてきた先駆者たちの存在です。彼らの情熱と挑戦心は、広告主、代理店、メディア、そして消費者すべてにとって刺激であり、業界全体の発展に寄与しています。本シリーズでは、そうしたイノベーターたちにインタビューを行い、日本のみならず世界のマーケティングを前進させるヒントを探ります。
今回は、Moët Hennessy Diageo(MHD)ジャパンのメディア責任者、マチュー・コネールさんにお話を伺いました。マチューさんは、ヨーロッパと日本の両市場で数々のデジタル変革を主導してきたイノベーターです。
iProspect在籍時には、任天堂の大規模Facebookキャンペーンを初めて手がけたほか、日本におけるプログラマティック広告市場がまだ5%しか浸透していなかった時期に、SK-IIのアジア最大級のプログラマティックキャンペーンを実現しました。さらに、LVMHグループのために日本初のキュレーションプラットフォームを構築した人物でもあります。これらの成果が認められ、わずか4年でGroupM Japanのデジタルディレクターに就任しました。
今回は、彼のキャリアを振り返りながら、困難がどのようにイノベーションを促進したのか、そして今後のマーケターへのヒントを伺いました。
適切なタイミングで、良いポジションに立てたことが幸運でした。大きな挑戦と、それに見合う機会、厳しいクライアントたちに恵まれました。そのすべてはイノベーションを生むきっかけになっていたと思います。
キャリアの始まりは2014年、パリのiProspectでSNS専門家として働き始めたことでした。当時、SNSはまだ新しい広告チャネルで、私たちはFacebookで大規模なキャンペーンを初めて展開しました。任天堂がクライアントで、全てゼロから構築する必要がありました。
当時は、「オーディエンスは広告なんて見ない。スクロールするだけだ」といった声も多く、我々は新しいチャネルの価値を示す必要がありました。そのために、これまで存在しなかったKPIを定義し、クライアントの視点でも意味のある指標を提示しました。
Viewabilityやターゲティング精度といった基本指標から始まり、やがてブランドリフト調査や広告検証ソリューションの導入へと進化しました。その上、広告の安全性(Ad Safety)が課題になったので、市場で最初に登場した広告検証ソリューションとの提携に踏み切ることになったのです。
厳しい要求を受けるたびに、自分たちもそれに応えることでチャネルや技術の可能性を押し広げることができたのです。結果として、私自身も非常に「要求が高い」人間になったと思います。もし私が先駆者だとすれば、その原点はそこにあります。
iProspectが電通に買収されたのをきっかけに、日本市場との関わりが始まりました。2016年に東京の電通に移り、P&G傘下のSK-IIブランドのプログラマティック広告の立ち上げを担当することになりました。年間30億円の予算をプログラマティックで運用するという、当時の日本市場ではかなり挑戦的な試みでした。
日本はこのブランドにとって最も重要な市場であり、大きな予算がある一方で、結果への期待も非常に高かったのです。次世代の消費者層を獲得するためには、従来のメディアプランでは足りません。P&Gはデータやパフォーマンスにおいて非常に厳格なクライアントなので、今までにない解決策が必要でした。
幸い、予算の規模があったおかげで、メディアやテクノロジーパートナーにも高い基準を求めることができました。新しいツールの導入や製品のベータテストなどに積極的に関与し、エコシステム全体の成熟を加速することができたのです。
その後も日本に留まり、2018年にGroupMに移りました。デジタルディレクターとして、より広いビジョンが求められました。そこで私たちはLVMHのために「L’Assemblage(ラッサンブラージュ)」というキュレーションプラットフォームの立ち上げを行いました。
すぐに完成したわけではありません。メディアバイイングは当時非常に複雑でコストも高かったため、まずは基礎を築く必要がありました。言ってみれば、いきなり走るのではなく、まず歩くところから始めたのです。
当初、LVMHの各ブランドはパブリッシャと直接取引していましたが、印刷媒体と同じような感覚で100ドル (2018年 - 11,000円) のCPMを払っていたんです!しかも、スケール性も低く、買い付けは非常に断片的で手間がかかっていました。
また、「プログラマティック」という言葉自体にも不安感があり、過去の業界慣行から信頼を損なっていた側面もありました。
クライアントからの要望は「この混乱を整理してほしい」というものでした。オーディエンスがデジタルに移行していることはわかっていても、どうやって適切なメディアを買えば良いのか、誰も明確な方法を持っていませんでした。
まず、ブランドが出稿したいと考える50〜100のサイトを集めて、プライベートマーケットプレイス(PMP)を構築しました。大事なのは、単に特定のサイトに出すことではなく、「どの枠に」「どのフォーマットで」出すかという点です。
ラグジュアリーブランドにとって、ブランドイメージを損なわずに世界観を表現するには、適切なコンテキストとオーディエンス、そしてクリエイティブが不可欠です。
その「ルール」を定め、混沌を整えることで、実はキュレーションのプレイブックを作り上げたのだと今思うようになりました。スケールと効率を両立しつつ、重要な部分では完全なコントロールを保ちます。ラグジュアリーにおけるプログラマティックは、こうあるべきだと思います。
この取り組みが評価され、私はその後、クライアントサイドに移り、MHDでインハウスの仕組みづくりに携わっています。もう4年が経ちました。
欧米ブランドと長く仕事をしてきた自分にとって、日本のチームと一緒にリスクを取り、成功体験を得ることは非常に価値ある経験です。
日本では、リスクを取ることが必ずしも歓迎されない文化もありますが、私の場合は「私たちが思いつかないようなアイデアを出してほしい」と言われ、自由な発想が奨励されました。うまくいかなければ私の責任になります。でもうまくいけば、チームの成功です。このような私の中での「取り決め」があったからこそ、挑戦し続けられました。
私が好きなのは、二つの世界が融合することです。日本の強みは、一度「やる」と決めたら、全員が完璧を目指して動き出すところにあります。手を抜かず、最後までやり切ります。そのチームワークにはいつも感動させられます。多様性あるチームが一丸となることが、日本でのイノベーションの理想形だと思います。
それは「日本で働くこと」ではなく、「ラグジュアリーブランドのデジタル化」です。この業界は、テクノロジーに対して非常に慎重です。
たとえば、7年前にP&Gでプログラマティック広告を始めていましたが、ラグジュアリーでは今ようやく動き出したところです。
クリエイティブにおいては大胆な挑戦をするブランドが多い一方で、技術分野では後れを取っており、そのバランスの悪さが課題です。マーケティングはアートとサイエンスの両方ですが、ラグジュアリーではアートに偏重しがちです。今後は、デジタル施策においても同じくらいの創造性と大胆さが必要だと感じています。
マチューさんが登壇し、AIやキュレーション、ターゲティング広告など、テクノロジーがいかにラグジュアリーブランドのストーリーテリングやエンゲージメントを進化させているかを語っています。次回の「Pioneered in Japan」も、どうぞお楽しみに。